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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)7540号 判決 1977年3月17日

原告

株式会社コニシコーデイネイトセンター

右代表者

小西山彦

右訴訟代理人

秋本英男

外三名

被告

東洋工業株式会社

右代表者

松田耕平

右訴訟代理人

岡咲恕一

外四名

被告

ヂーゼル機器株式会社

右代表者

福島弘

右訴訟代理人

福田彊

外三名

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、原告

1  被告らは各自原告に対して金八〇〇万円およびこれに対する昭和四八年一〇月四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

3  仮執行の宣言

<以下、省略>

理由

一本件ポスター製作の主体および製作の過程

<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  原告は、広告宣伝等を営業目的とする株式会社であるが、昭和四七年頃当時、我国の広告業界においてはガス気球(自由気球)を広告媒体として活用する傾向に至つていない点に着眼して、その旨の広告宣伝活動をする計画を立て、同年三月頃、市吉三郎に委託して、訴外バルーン社との間で自由気球の購入方について交渉した結果、同年三月二三日、訴外バルーン社との間で同社の製造した本件気球の売買契約を締結し、同年五月頃、同社から本件気球を引渡されたこと、

(二)  原告は、昭和四七年六月一日、訴外協会に対して同協会がその主催するヤングフリーバルハルミラの会場シンボル等として使用するために、期間を同年六月七日から同年八月五日まで、賃料を金一〇五〇万円と定めて本件気球を賃貸したこと、

(三)  訴外協会は、昭和四七年六月一〇日、ヤングフリーバルハルミラ(同協会が同年七月二二日から同年七月三一日にかけて東京・晴海・東京国際貿易センターにおいて主催した行事)についての事前の示威的宣伝の一環として、神官外苑絵画館前広場において、本件気球を公開したこと、

(四)  訴外藤田麻生は、日本写真家協会に所属している職業写真家であるが、前同日、日本放送協会の放映したテレビ番組(「スタジオ一〇二」)を視聴していたところ、本件気球が神宮外苑絵画館前広場において公開されているとの報道に接し、直ちに、同広場に赴き、撮影された写真を利用して営利を図る目的をもつて、本件気球を撮影したこと、

(五)  訴外藤田麻生は、その後、本件気球を撮影した写真(陰画・以下「本件写真」という)を第三者に賃貸するために、写真代理店を営む訴外ボンカラーに対して本件写真を寄託し第三者への賃貸について仲介を依託したこと、

(六)  ところで、被告東洋工業は、昭和四七年一一月初旬、同社が製造・販売する自動車(ルーチエ・サバンナ・カペラ・グランドフアミリア・シヤンテ・プレスト)および被告ヂーゼル機器が製造し被告東洋工業が販売する自動車用附属部品(カー・エアコンデイシヨナー)の広告宣伝のために、広告宣伝を営業目的とする株式会社である訴外中央広告に対してこれに適する広告ポスターの製作を注文したこと、

(七)  訴外中央広告は、被告東洋工業から右注文を受けた際に、同社から広告ポスターにはカー・エアコンデイシヨナー(以下「カーエアコン」という)の宣伝方法として「快適温度23℃」との修辞句を挿入すべき旨の指図を受けていたので、その指図内容を効果的に反映させるためには空の爽やかさを主題とした広告ポスターを製作するのが適当であると判断し、同年一一月中旬頃、大空を背景としその中心部に気球・ジエツト機・グライダー・セスナ機・洋凧、水上スキー等を配置した原案(図面)を作成し、同年一一月下旬頃、被告東洋工業との折衝を経た上でそれぞれ気球・ジエツト機・セスナ機・水上スキーを配置した五種類の広告ポスターを製作する方針を立てたこと、

(八)  そこで、訴外中央広告は、広告ポスターの素材として使用するのにふさわしい気球・ジエツト機・セスナ機・水上スキーの写真を在京の写真代理店から借入れることとし、同年一一月二五日、社員の高林弘安を東京へ派遣したこと、

(九)  右高林弘安は、上京後、いずれも写真代理店業を営む訴外オリオンプレス、同ユニフオートス、同ボンカラーを訪れたのであるが、訴外ボンカラーが気球・ジエツト機・セスナ機・水上スキーの写真を各種揃えていたので、同社から広告ポスターに使用し得る写真数枚(本件写真を含む)を借受けたこと、

(一〇)  その結果、訴外中央広告は、昭和四八年二月初旬頃までに、訴外ボンカラーから借受けた写真に多少の修正を施した上で広告ポスターを製作したのであるが、その際、本件写真についてはこれをルーチエ・カーエアコンの広告ポスターに用いることとして本件ポスターを製作したこと、

(一一)  訴外中央広告は、同年二月一〇日頃、製作を終えた広告ポスター(本件ポスターを含む)を被告東洋工業の営業所・代理店に宛て直接に発送し、その頃より、同所において広告ポスター(本件ポスターを含む)が掲示されたこと(編注、「第一次使用」)、

以上の各事実を認定することができ、他に右認定を覆えすに足る証拠は存しない。

二本件ポスターの被写体と本件気球との同一性

前記本件ポスターが製作された過程に関する認定事実に、<証拠>を照らし加えて考察すれば、本件ポスターの中央部に配置されている気球の影像が本件気球を撮影した影像である事実を肯認することができるのである。されば、本件ポスターの被写体(となつた気球)と本件気球との同一性は明らかである。

三本件ポスター使用の有無および使用の程度

(被告東洋工業について)

(一)  先ず、被告東洋工業が本件ポスターを第一次使用した事実は、原告と同被告との間に争いがないところ、本件ポスターの被写体は本件気球であるのであるから、本件ポスターの第一次使用に因り、被告東洋工業が本件気球(の影像)を広告媒体に用いて宣伝広告活動を行なつた事実は否めない。

(二)  次に、被告東洋工業が本件ポスターを第二次使用したものであるか否かについて検討する。

<証拠>によれば、訴外集英社発行の週刊誌「プレイボーイ」第八巻第二九号ナンバー二八の誌上(同誌一六八頁)に本件ポスターの写真が掲載された事実を認めることができる。

しかしながら、かかる掲載がなされた経緯については、<証拠>によれば、

(1) 訴外中央広告は、第三者から広告ポスターの製作を請負いこれを製作する場合には、契約で定められた製作枚数を越えて広告ポスターを製作し、その超過分についてはこれを訴外集英社等の出版業者へ配布して、同社の具えるポスター製作に関する技術・能力の宣伝に充てていること、

(2) 本件ポスターの場合にも、同様に、被告東洋工業へ納付すべき枚数より余計に同ポスターを製作し、その超過分を訴外集英社へ配布したこと、

(3) 他方、訴外集英社においては、「プレイボーイ」編集上の企画の一つとして「ポスター・プレゼント」を設定し、同社に対して広告ポスター製作業者から配布された多数のポスター類の内より、「プレイボーイ」購読者へのプレゼントにふさわしいポスターを選出して、これを「プレイボーイ」誌上に掲載し、申込者に対してポスターを頒布していること、

(4) 本件ポスターの場合にも、同様に、訴外中央広告から配布された本件ポスターの写真を、「マツダダイナミツクポスタープレゼント」との表題の下に、掲載したものであること、

をそれぞれ認定することができるにすぎないものである。

右認定の経緯に鑑みれば、本件ポスター(の写真)が「プレイボーイ」誌上に掲載されたこと(本件ポスターの第二次使用)については、被告東洋工業が何ら関与していないことは明らかである。

(被告ヂーゼル機器について)

(一)  先ず、被告ヂーゼル機器が本件ポスターを第一次使用したものであるか否かについて検討する。

本件ポスターは、前記認定のとおり、被告東洋工業が訴外中央広告に請負わせ、訴外中央広告が製作し、訴外中央広告から被告東洋工業の営業所・代理店へ直送され、同所で掲示されたものである。

ところで、<証拠>によれば、

(1) 被告東洋工業は、昭和四七年一一月頃(即ち、訴外中央広告に対して自動車ならびにカーエアコンの広告ポスター製作を発注するに際して)、ルーチエ用の広告ポスターが被告ヂーゼル機器の製造しているカーエアコンについての宣伝を兼ねることから、被告ヂーゼル機器に対してルーチエ用の広告ポスター製作に要する費用の二分の一につき同社が負担すべき旨を申し入れ、被告ヂーゼル機器はこれを承諾したこと、

(2) ルーチエ用の広告ポスターである本件ポスターには、ルーチエ用カーエアコンの製造者である被告がヂーゼル機器の商号が記載されていること、

(3) 被告ヂーゼル機器は、昭和四八年四月頃、被告東洋工業に対して本件ポスター製作費用の二分の一に相当する金一六万円余りを支払つていること、

をそれぞれ認定することができるのである。

このような場合(即ち、被告ヂーゼル機器においては、被告東洋工業が被告ヂーゼル機器の製造するカーエアコンを含む自動車および自動車用附属部品についての広告ポスターを使用することを了解し、本件ポスターには被告ヂーゼル機器の商号が記載されていることを承知しているばかりでなく、本件ポスター製作費用の一部を負担すらしているのである)、本件ポスター製作を訴外中央広告に発注した形式上の当事者が被告東洋工業であり(尤も、<証拠>によると、被告東洋工業が、昭和四七年一一月中旬頃、訴外中央広告の作成した広告ポスター原案について検討を加えていた際、被告ヂーゼル機器から、その素材の一つである気球はルーチエと組合わせるのが効果的である、との指示を受けている事実が認められるのであり、被告ヂーゼル機器が本件ポスター製作過程に全く関与していない、とは云えない)、しかも、本件ポスターが掲示された場所は被告東洋工業の営業所・代理店であるけれども、結局、被告ヂーゼル機器は、被告東洋工業を介して、本件ポスターを被告東洋工業の営業所・代理店において掲示して、第一次使用をなしたものであること、を認めるのが相当というべきである。されば、本件ポスターの第一次使用に因り、被告ヂーゼル機器が本件気球(の影像)を広告媒体に用いて宣伝広告活動を行なつた事実は否めない。

(二)  次に、被告ヂーゼル機器が本件ポスターを第二次使用したものであるか否かについて検討する。

本件ポスター(の写真)が「プレイボーイ」誌上に掲載されたこと(本件ポスターの第二次使用)について、被告東洋工業が関与していないことは前示説示のとおりであるが、それと同一の判断により、被告ヂーゼル機器が何ら関与していないことも明らかである。

四本件ポスター使用に対する責任の存否

既に説示したとおり、被告らは、本件ポスターを第一次使用したものではあるが、第二次使用をしてはいないのである。そこで、第二次使用に対する責任の存否に関しては、爾余の点について判断を加えるまでもなく、被告らが責任を負わないことは明らかである(尤も、本件ポスターが「プレイボーイ」誌上に掲載されたことにより、被告らにとつて、少なからぬ宣伝広告の効果が派生していることを推認するに難くはないが、かかる派生的効果を生じた原因は、訴外中央広告および訴外集英社が共同して、同本件ポスターを「プレイボーイ」誌上に掲載したことに起因しているのであるから、その掲載に関して訴外中央広告および訴外集英社が責任を負うか否かは別論として、その掲載に関して被告らが責任を負うべき余地はないものである。)。

そこで、本件ポスターの第一次使用に関して被告らが原告に対して責任を負うべきであるか否かの検討を進めることにする。先ず、第一次使用による違法性の有無、次いで、第一次使用に際して被告らの過失の存否について、順次、判断をすることとする。

(違法性の有無)

(一)  被告らが、本件ポスターの第一次使用に因り、本件気球の「影像」を広告媒体に用いて宣伝広告活動をなしたことは、前記説示のとおりである。このような本件気球の利用(その影像を手段とする利用)が、原告の有する本件気球についての使用収益権能を妨害もしくは侵害することになるか否か、却ち、第一次使用による違法性の有無の判断の焦点となるものである。

(二) そもそも、所有者は、その所有権の範囲を逸脱しもしくは他人の権利・利益を侵奪する等の場合を除いて、その所有物を、如何なる手段・方法によつても、使用収益することができる(従つて、所有物を撮影してその影像を利用して使用収益することもできる。)、と解すべきである。さらに、第三者は、(所有者から使用収益権能を付与されもしくは使用収益自体を承認されている場合を除いて)他人の所有物を如何なる手段・方法であつても使用収益することが許されない(従つて、他人の所有物を撮影してその影像を利用して使用収益することも許されない。)、と解すべきである。されば、本件において、被告らは本件気球の「影像」を利用したにすぎないものではあるけれども、その手段の故を以つて、かかる利用が許される、と判断することはできないものである。

(三)  この点に関し、被告(東洋工業)は「原告が本件気球について意匠権を有していない以上、被告が本件気球の影像を利用することは何ら違法ではない。」旨を主張する。

しかしながら、原告は意匠法に基づく権利を主張しているものではない。右(一)および(二)で説示する如く、被告らの本件ポスターの使用が、原告の所有する本件気球についての使用収益権能を妨害もしくは侵害することになるか否かに、争点が存するのである。されば、右主張は意匠権の存否を判断するまでもなく、失当なものというべきである。

(四)  さらに、本件気球(の影像)が利用された経緯は、前記説示のとおりである。そこで、被告らもしくは訴外中央広告・同ボンカラー・同藤田麻生のいずれかが原告から本件気球(の影像)を利用することについて承諾されていたか否かが問題となる。しかし、前記承諾については、これを認めるに足る証拠は何ら存しない。

この点に関し、被告(東洋工業)はまず答弁4の(一)の(イ)において、「本件ポスターに用いられた本件写真は訴外藤田麻生が公開されていた本件気球を撮影したものであり、このように公開された気球を第三者が撮影することは許されていると言うべきであるから、後に至り、右写真を用いて、製作された本件ポスター被告が第一次使用することも許されている。」旨主張する。

而して、本件写真が撮影された経緯は前記認定のとおりであるが、その公開された目的・態様(この点も前記認定のとおり)に鑑みれば、訴外藤田麻生が本件気球を撮影して本件写真を利用することまでその公開により許可されていた、と認めるのは相当ではない。

被告は次に同(ロ)において、「右藤田は訴外ボンカラーに、この写真を寄託してその経済的利用を委託していたところ、中央広告がこの写真を借受け、他の写真家が撮影した雲の写真と合成して本件ポスターを作成し、被告東洋工業に納品したものである。されば、右経緯を無視して、単純に被告らの本件ポスター使用についての責任を論ずべきではない。」旨主張する。

しかしながら、本件ポスター製作過程についての、前記説示の認定事実よりすれば、右主張は肯認できないものである。

(五)  以上(一)ないし(四)に説示したところから明らかなとおり、被告らが、本件ポスターの第一次使用に因り、本件気球(の影像)を利用したことは違法である、と言わざるを得ない。

(過失の存否)

しかしながら、被告らが、本件ポスターを第一次使用した際、その使用に因り原告が本件気球について有している使用収益権能を妨害もしくは侵害する結果となることを予見する可能性を有していた、と認めるに足る証拠は存しない。

却つて、既に説示した如く、本件ポスターが製作された経過および同ポスターが第一次使用された状況から明らかなとおり、被告らは訴外中央広告に対して広告ポスターの製作を発注し(尤も、被告ヂーゼル機器は形式上では当事者とはなつていないものであるが)、次いで、訴外中央広告が製作した本件ポスターを掲示したものである。しかしながら、既に説示した如く、訴外中央広告は広告宣伝を営業目的とする株式会社であり、広告ポスター製作についての所謂「専門企業」である。このような双方の立場および広告ポスター製作に要請される技術的専門性・能力的特殊性に鑑みれば、被告らは、本件ポスターが訴外中央広告においてその企画の設定から素材の利用(本件写真の利用を含む)に至るまで違法に処理した上で製作されたものである、と信じていた事実を推認することができる。しかも、このような場合であれば、たとい、本件ポスターの素材である本件写真から本件気球には「let's be Freeval」と記入された垂れ巾が張られていることが判読され、かつ、本件気球が当時我国には唯一のものであるにせよ、被告らが右の如く信じたことは、社会通念上、相当であると認めるべきである。されば、被告らには、本件ポスターの第一次使用に際して、原告が本件気球について有する権利を妨害もしくは侵害するであろうことを予見し得る余地はなかつた、と言うべきである。

五結論

以上の次第であるから、原告の被告らに対する本訴請求は、爾余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから棄却することとして、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(藤原康志 大澤巌 滝澤孝臣)

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